見えたのは愛…

『LEAVING LAS VEGAS』(邦題:リービング・ラスベガス
製作:1996年 アメリカ 監督:マイク・フィギス 原作:ジョン・オブライエン 出演:ニコラス・ケイジエリザベス・シュージュリアン・サンズ/リチャード・ルイス/ジュリアン・レノン 

退廃の街ベガスを舞台に、アルコール依存症の男と娼婦の短くも激しい愛の姿を綴る。J・オブライエン(自身もアルコール依存症で映画化決定後に自殺してしまった)の原作を基に、「背徳の囁き」のM・フィギスが脚色・監督、それに音楽までも担当した渾身の一作。


ぼくの好きな作家(芸術家)はよく死ぬ。これは当たり前のことだ。べつに好きな作家ではなくても人である限り、誰でも最期には死ぬ。だから正確に言うならば、ぼくの好きな作家はよく自殺する、している、どっちでもすきにしてくれ。と、こういうことになる。そしてまたぼくには何某かの破滅願望がある。不思議なことに。こんなものが備わっているのは生物の中でも人間だけであろう。やはり人間は生存し過ぎている(生存過多)のだろうか。幸せなこった。
いつにもまして映画とは関係ないおしゃべりが続く。
ニコラス・ケイジ―彼はニコラス(→ペタス)だけでも、ケイジ(→ジョン)だけでも、ダメで、フルにニコラス・ケイジでなくては決まらないんだ―の堕ちっぷりが見たかった。しかし退廃の街ベガス(上記より抜粋)、いや字面的にも、LAS VEGAS。おお、なんという荒涼と虚無の響き。そう、この街に見たのは、ひとりの堕ちていく男の姿ではなく、ある理想の愛の形だった。
吹き荒れる抽象の嵐。


総評:酒に溺れても恋に溺れず