納戸閉まっと?

おれたちが神を殺したのだ――お前たちとおれがだ! おれたちはみな神の加害者なのだ! だが、どうしてそんなことをやったのか? どうしておれたちは海を飲みほすことができたんだ? 地平線をのこらず拭い去る海綿を誰がおれたちに与えたのか? この地球を太陽から切り離すようなことを何かおれたちはやったのか? 地球は今どっちへ動いているのだ? おれたちはどっちへ動いているのだ? あらゆる太陽から離れ去ってゆくのか? おれたちは絶えず突き進んでいるのではないか? それも後方へなのか、側方へなのか、前方へなのか、四方八方へなのか? 上方と下方がまだあるのか? おれたちは無限の虚無の中の彷徨するように、さ迷ってゆくのではないか? 寂獏とした虚空がおれたちに息を吹きつけてくるのではないか? いよいよ冷たくなっていくのではないか? たえず夜が、ますます深い夜がやってくるのではないか?白昼に提燈をつけなければならないのでないか?
           〔ニーチェ『悦ばしき知識』信太正三訳、125章219-220頁〕

ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)

ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)

幼年時代がもうほとんど終わりかけていた頃だった。月が地球に対する支配権を要求するのは、いつも夜だけだったのだが、ある日ついに月は、昼日中にその要求をもち出す気になったようだった。[…]空に浮かんでいた満月が、突然、どんどん大きくなりはじめた。月はどんどん近づいてきて、地球を引き裂いてしまった。私たちはみな、通りのうえに張り出したバルコニーに座っていたのだったが、その鉄のバルコニーの手摺りはこなごなになって崩れ落ち、そこに集まっていた者たちの体も、あっという間もなくばらばらにちぎれて四方八方に飛び散った。月が近づいてくるときに作った漏斗状の軌跡が、一切のものを飲みこむのだった。そこを通っていくときに変化を被らずにいることは、望みえなかった。「もしいま痛みというものが存在するなら、神様は存在しない」、と認識する自分の声を私は耳にし、同時に、彼方へもっていきたいものを集めた。それらをすべて、私は一行の詩句にまとめ入れた。それが私の別れの挨拶だった。「おお、星と花よ、精神と衣よ、愛よ、苦悩よ、時間と永遠よ!」けれども、これらの言葉に自分の心を託そうとしているうちに、私はすでに目覚めてしまっていた。そして、月はまさしく恐れを私に投げかけ、それで私を覆いくるんできたのだったが、その恐れが、いまはじめて、永遠に、慰めるすべもなく、私のもとに棲みつくように思われた。
        〔『ベンヤミン・コレクション3』浅井健ニ郎ほか編訳、588-589頁〕
ベンヤミン・コレクション〈3〉記憶への旅 (ちくま学芸文庫)

ベンヤミン・コレクション〈3〉記憶への旅 (ちくま学芸文庫)