まで死ねるか

ふと、気がつくと
ぼくは死んだ
死が今日が来ないことで
生が今日が来ること
生と死は違うけど
生きていることは
死んでいないこととも違う
でも、生きていないことと
死んでいることは同じ
死ぬほどの楽しさも楽しさで
死ぬほどの悲しさも悲しさで
映画を見る絵を見る鏡を見る
ラジオを聴く本を読む踊りを踊る
主体もぼくで客体もぼくだ
だからいつも今日は今日で終わる


本来、個人の最大の権利であるはずの生が
ぼくに依拠してなく
生きることで死んで
生かされることで生きるなんて
とても心外だし、否定したいところだけど
でもそういうことなんだろう


ろ?ハチマキ?