あどけない話

東京に戻ってから5日。ベルリンと比較しては、毎日不満たれる。その理由のひとつ。
空がみたいのだ、単純に。
高層ビル群の隙間からのぞく、猫のひたいのような空ではなく、あの空が。
空気が吸いたいのだ、単純に。
密集した人とモノによる、蒸篭蒸しのような空気ではなく、あの空気が。
だから、遠慮して中途半端に「Echika」など作らず、その大好きなテクノロジーで、まず空をつくれ。
それから空気もつくれ。緑もつくれ。人工を通りこして自然の域につけ。人と人とのコミュニケーションもつくれ。痛みもつくれ。いっそのこと、信じる心もつくれ。他者性もつくれ。革命もつくれ。
そうしたら、誰も文句言うまい。

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

智恵子抄 (新潮文庫)

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