「いき」の閾
「「いき」の第三の特徴は「諦め」である。運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心である。「いき」は垢抜がしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟酒たる心持でなくてはならぬ。この解脱は何によって生じたのであろうか。異性間の通路として設けられている特殊な社会の存在は、恋の実現に関して幻滅の悩みを経験させる機会を与えやすい。「たまたま逢ふに切れよとは、仏姿にあり乍ら、お前は鬼か清心様」という嘆きは十六夜ひとりの嘆きではないだろう。魂を打込んだ真心が幾度か無惨に裏切られ、悩みに悩みを嘗めて鍛えられた心がいつわりやすい目的に目をくれなくなるのである。「…」そうして「いき」のうちの「諦め」にしたがって「無関心」は、世智辛い、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟酒として未練のない恬淡無碍の心である。「野暮は揉まれて粋となる」というのはこの謂にほかならない。あだっぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯な熱い涙のほのかな痕跡を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握し得たのである。」(45-46)
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